法話会のご報告
去る11月12日、恒例の順心寺法話の会は、63名の方々が参加され、無事に終了致しました。
(写真はソフトの不具合によってアップできません。申し訳ありません)
たくさんの方々が参加されたからか、先生も張り切られ、90分の予定が2時間近くもお話をされました。
また来年のご参加をお待ち致しております。
2011年11月25日 19:46
行事:2011年法話会のお知らせ
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来たる11月12日(土)、午後2時より、法話の会を開催致します。
講師は今年も前花園大学学長・西村惠信師です。
テーマは「自然と人間 ―東日本大震災に思う―」です。
聴講無料です。
どなたでも入場できます。奮ってご参加下さい。
2011年10月02日 16:22
お知らせ:「施餓鬼(せがき)」法要の御案内
撮影:三井博氏
8月19日(日)、午前10時半より、「お施餓鬼」法要を行ないます。初盆の方はもとより、皆様奮って御参加下さい。
当寺では、毎年お盆のお参りの後に、「施餓鬼法要」を営んでおります。
「施餓鬼法要」とは、亡くなった方のお戒名を塔婆(とうば)に記し、大勢の僧侶の読経と回向の功徳によって冥福を祈る儀式です。
すべて椅子席ですので、脚の悪い方でも安心です。
2011年08月08日 17:22
行事:2010年法話会の報告

お陰様で80名ほどの参加者を迎え、無事円成致しました。
また来年のご参加をお待ち致しております。
2010年12月08日 21:43
行事:2009年法話会
熱のこもったお話をなさる西村先生
今年も参加者70名を迎えて、無事、法話会が終了致しました。
先生は、例年にも増して熱弁を振るわれ、時には笑い、時には真剣に、相変わらずのあっという間の90分間でした。
来年も楽しみです。
ご参加頂いた皆様、誠に有り難うございました。
順心寺住職


行事:2009年法話会のお知らせ
熱弁を振るう西村先生
来る11月14日(土曜日)午後2時から、法話の会を開催致します。
講師は今年も前花園大学学長・西村惠信師です。
テーマは「老いの豊かさについて」です。
聴講無料です。
どなたでも入場できます。奮ってご参加下さい。
*寺報には11月28日とありましたが、講師の都合により変更となりました。お間違えのないようにお願い申し上げます。
行事:2008年・法話の会のお知らせ
今年も前花園大学学長・西村惠信師をお迎え致しまして、11月15日(土)、午後2時から、法話の会を開催致します。
本年のテーマは「いのちの音を聴く」です。
「秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」
これは『古今和歌集』にある、藤原敏行の歌です。秋が来たかどうかを、目で景色を見たところで、なかなかはっきりとは分からないが、風の音を耳にすれば、自ずからはっとして、秋の訪れを感知する、という意味です。
さて、季節に四季があるように、人生にも春夏秋冬があります。さしずめ、春は少年期、夏は青壮年期、秋は初老期、冬は老年期でしょうか。
人生も秋や冬になると、それまでの人生を振り返ったり、来るべき死について考えたりもすることでしょう。
しかし、それは決して寂しいものではありません。「いのち」を真摯に見つめることは人生を充実させることでもあります。
みなさんも「いのちの音」を聴きませんか?
どなたでも無料で参加できます。
皆様のご来場をお待ち申し上げております。
行事:2007年法話会のご報告
熱弁を振るう西村先生
本年の法話会も、講師に西村惠信先生をお招きし、60人の参加者の中、無事終了致しました。
西村先生は、まず人と人との対話の重要性について指摘され、その上で、最近の人々が自分の殻に閉じこもって、他人との正しい関係を築くことが出来ていないのではないかと苦言を呈されました。そして、正しい人間関係を築くために、まずは自分を見直すことの必要性をお説きになられました。
先生のお話は含蓄がありながらも、とても楽しく、笑いの絶えない90分でした。
身振り手振りのお話
熱心に聞き入る聴衆
講演会:「西宮再発見 文楽を楽しむ!」 御報告
photo:三井博様
多数の御参加を賜り、盛況のうちに無事円成致しました。
既報の通り、7月9日(日曜日)、午後3時より、人間国宝・吉田文雀師を初め、吉田和生師、吉田和右師のお三方をお招きし、当山の本堂において文楽の公演を致しました。
参加者は150人強、門戸を広げた御陰で、壇信徒にとどまらず、老若男女入混じっての、楽しい一時となりました。
当山のあった場所は、かつて文楽の前身となる人形操りを行なっていた人々がいた場所。こうした方々が当山と何らかの関係があったことは間違いなく、また当山の護持に大きな力を持ってこられたことも想像に難くありません。
それ故、まずはこうした方々への御供養をさせて頂き、その後お三方による文楽の公演が始まりました。
文雀先生のお話は人々を引き込み、実演は名人芸!浄瑠璃の音色に合わせて舞われるお三方の動きは、なまめかしくも美しく、感動の一言であったと思います。
最後には参加者の皆様に文楽人形に触れて頂く場も設けて頂き、古典芸能と歴史に身近に触れることの出来た、有意義な時間でした。
また、文雀先生のお話の間、スタンバイしておられた和生師、和右師は、参加者の小さなお子さんをあやす為に、そっと人形を操っておられました。その空気の暖かさは、参加者の皆様の心を和ませる、貴重な出来事でした。そこに、まさしく今回の公演の意味が集約されていたと思えます。
Fさんのお子さんにとっても、きっと忘れ得ない幼い頃の思い出となったことでしょう。
普段の文楽の公演では、どうしても演者と観客との距離が出来てしまいます。しかし、昔の芝居小屋では、きっとこんな風景が日常的に見られたことでしょう。
これこそが、今回のような小規模の公演の良い所でもあるのです。
これを機会に文楽に、皆様に興味を持って頂き、是非、今度は文楽劇場に足を運んで頂きたいものと思います。
国立文楽劇場
URL:http://www.ntj.jac.go.jp/bunraku/index.html


開演前
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丁寧な人形の説明
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公演中
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人形に触れる
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小さなお子さんも
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公演後の一コマ
行事:西宮再発見「文楽を楽しむ!」

順心寺では、今後西宮を再発見するために、伝統文化の掘り起こしに努めたいと思っております。
文楽は、当山順心寺のある産所町に住んでいた「散所民」によって始められた、西宮の伝統文化の一つです。
西宮は歴史が古く、多くの文化を生みだした素晴らしい土地です。順心寺は、その西宮にあって750年の歴史を刻んで参りました。
順心寺を支えて下さった多くの西宮の人々への報恩の意味を込めて、順心寺では、今後西宮を再発見するために、伝統文化の掘り起こしに努めたいと思っております。
まず第一回は、開創750年を記念して、人間国宝・吉田文雀師をお迎えし、文楽を楽しむ会を開催致します。
内容は、文雀師による文楽と西宮の歴史の説明、そして実演。実演終了後は、参加者の皆様に文楽により親しんで頂くために、文楽人形の解説に加え、参加者に直に人形に触れて頂く機会も設ける予定にしております。
文楽に親しむ、また人間国宝の名技を間近で見ることの出来る滅多に無い機会です。
どなた様でもお越し頂けます。皆様お誘いあわせの上、奮ってご来寺下さい。
日時 平成18年7月9日(日曜日)午後3時
場所 順心寺本堂
入場料 無料
行事:西宮再発見「文楽を楽しむ!」企画意図について

夷かきの図(『摂津名所図絵』より)
当山のある「産所町」は、文楽の発祥の地です。
(由来について)
その昔、この産所町には、「傀儡師」(くぐつ)と呼ばれる、人形操りを特技としながら、戎神社に雑用に奉仕していた人々がいました。
彼らは、平素は様々な雑務に励みながら、一方で、時に応じて人形操りを演じ、多くの人びとを楽しませていました。
くぐつの人々が人形操りを行なった目的は、自らが奉じていた戎神の信仰を広めることでした。従って、彼らの演技を「夷かき」、または「夷まわし」と言っていました。
くぐつのことが最初に見える文献は、平安末期の大江匡房(おおえのまさふさ)が著した『傀儡師記』です。これによると、当時のくぐつは、奇術や軽業などの芸事を行なう「芸能人」でしたが、特に人形操りを「くぐつ」と呼び、これが一番好評であったと言います。これはまた「木偶(でく)まわし」とも呼ばれていたようです。
彼らはまた「散所民」(さんじょみん)とも呼ばれていました。つまり、「散所」が住んでいた場所だから、「産所町」と呼ばれるようになったのです。
また各地に存在する、「三条」や「山上」などという地名も、多く「散所」に由来するようです。その代表的な例が、同じく人形操りの盛んな、淡路の「三条町」です。これは、当地の「散所民」が、干鰯を淡路へ輸出する漁師と共に淡路へ渡り、彼の地に居着いたからだと思われます。
近世に入り、人形操りの文化は、新しく浄瑠璃の音曲を取り入れ、浄瑠璃の語りにあわせて人形を舞わす、という形態に変化しました。これが「文楽」の始まりです。
やがて、浄瑠璃と結びついて成立した文楽は、近松門左衛門の出現によって、演劇として洗練されるようになり、いよいよ大衆演劇として親しまれるようになっていきます。
こうして地方へ広まっていった人形操りですが、それに反比例して、当の西宮での活動はめっきり減少していきました。
産所村にあった操り芝居の小屋は、やがて今在家に移され、後には普通の芝居小屋となります。
そして、明治に入る頃には、西宮での人形操りの伝統は潰えてしまったのです。
今では、NTTの社屋の前に、傀儡師の銅像が佇むばかりです。

(西宮再発見!)
さて、このような西宮の誇るべき伝統文化の存在を、一体、どれ程の方が知っているでしょうか?
西宮は早い時代から開けていた、歴史のある町です。しかも、漁師たちが市を開いていたこともあって商業都市の面も持ち、また宗教都市でもありました。そして、文楽という世界に誇る文化を生みだした文化都市でもあるのです!
このような西宮の町に我々が住んでいることは、本当に誇るべきことです。
しかし、阪神大震災が発生して既に十年、町の様相も一変し、人々の顔ぶれも一新致しました。一方で、700年以上の歴史を持つ「中央商店街」にはマンションが建ち並び、存亡の危機に陥っています。
時代の趨勢とは言え、一抹の寂しさも感じます。
本年で当山はめでたく開創から750年目を迎えました。開創は鎌倉時代の末期、1256年のことです。その間、当山はずっとこの地に在りながら、町の移り変わりを見て参りました。当山の護持は、ひとえに此の地に住する人々の「想い」の御陰であります。
そのことを思うにつけ、今一度、この町の来し方、行く末を見直す機会が必要なのではないか、と常々考えておりました。また商店街の方々も、このままで良いのかと大きな不安を抱いておられます。商店街の方々もまた、「文楽」をキーワードに、町おこしが出来ないものかと模索しておられました。
こうした中、当山の想いを理解して下さった方に、吉田文雀師を御紹介賜りました。文雀先生もまた、西宮の住民です。そして、過日、文雀先生とお会いし、私の思いを吐露致しました所、大いに意を同じくして頂き、当山で是非、文楽の公演をしようとの話になりました。
文楽の公演を通じて、西宮の伝統と文化を一人でも多く知って頂き、そして各人が誇りを懐き、今後の西宮のあり方を考える契機になってくれればと、願っております。
西宮で生まれ育った方は無論、一時的に西宮に留まっておられる方にも、「自分は西宮に住んでいたんだ」という誇りを持って欲しい、そう願っております。
そして、再び、文楽が当地に根付いてくれればと願ってもおります。
それによって、人々の想いが、広く繋がっていってくれれば、なんと素晴らしいことではありませんか。
その嚆矢となるのが、今回の文楽興行なのです。
どうか、皆様、奮って御参加下さい。そして、自らの住んでいる地に想いを馳せて下さい。
皆様の御参加をお待ちいたしております。
